巨匠 横山大観画伯
横山大観    
明治元年(1868)〜昭和33年(1958)

横山大観は1868年(明治元年)9月18日水戸藩士酒井捨彦の長男として誕生しました。幼名は秀蔵といい、後に秀麿と改名。明治21年母方の姻戚横山家を継ぎました。
そして明治26年東京美術学校を卒業。
明治30年29歳の時より”大観”の号を用い始めました。

その後、東京美術学校の校長だった岡倉天心や兄弟弟子の菱田春草らとともに明治31年日本美術院を創立。「朦朧体」と呼ばれる新しい画風を創り出し多くの作品を画き上げる。昭和33年2月26日、数え年91歳で死去。
横山大観は日に二升三合、晩年でも一日一升は飲んでいたという酒仙。
こういうと大観は大酒呑みのように聞こえますが、若い頃は全くの下戸で猪口2、3杯で赤くなっていたと言われています。
当時美術学校の校長であった岡倉天心に「一升酒ぐらい飲めなければ駄目だ」と言われたのきっかけに酒に強くなっていったとのこと。
しかし強くなってからも酒を呑んで筆を執ることは一度もなく、「私は大酒呑みではなく、ただ酒を愛するだけです。酒徒という言葉がありますが、私はそれだけです。」と人に話していたと言われています。

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